友人キャラは大変ですか?(伊達 康)レビュー


●あらすじ

”サブキャラだからだ。お前と違って、俺は凡庸で無個性だからな”

主人公小林一郎は、どこにでもいる普通の人間。

幼稚園の頃、戦隊ヒーローの特撮では主役のレッドばっかり応援していた。
ところがある日、幼稚園のお遊戯会で桃太郎の友達のエリマキトカゲを演じ、先生が涙を流して褒めてくれた。
その日から一郎は変わった。
戦隊ではレッドよりグリーンが気になってきて、
さらにエスカレートすると、戦隊メンバーですらない”博士”や”長官”役に注目するようになった。
「みんな脇役を甘く見ている。メインキャラだけでは世界は回らないのに…」

そんな不満を募らせた小学生時代に一郎は行動を起こした。
それは、クラスで”いまいち燻っている奴”に接近し、引き立て役として輝かせること。

内気なサッカー少年に自身を与えて学校の人気者にし、中学では恋愛成就の後押しや、不良を学校のボスに仕立てたあと主人公らしく更生させた。
「サブキャラとなって主人公をプロデュースすること」
彼の理想の人生がソレだった。

高校に入学したとき、リアル世界での”生粋のレッド”に出会った。
少年の名は火乃森龍牙(ひのもり りゅうが)……主役っぽい。
今までは友人をプロデュースして主人公に成長させることで自分のポジションを確立していたが、今回は違う。
小林一郎は探し求めてきた男に出会った。
主人公の中の主人公、火乃森龍牙を支える親友キャラこそが、俺の生き様。

ベストフレンダー小林一郎が贈る名助演ラブコメ、開幕!


●名(迷)言達

「泣いてちゃだめだ桃太郎……今の君には、やるべきコトがあるだ、ろ…(絶命)」by【一郎(幼少期のお遊戯会、エリマキトカゲ役)】

どんなキャラが出てこようと、俺が持ち上げてやる。「か、可愛いぃぃぃぃー!」と、目をハートにしてやる。by【一郎の語り】

執事の名前がセバスチャンって! さすがにベタ過ぎるから解雇しろ!by【一郎の語り】


●みどころ

境遇から、名前から、性格までステレオタイプのラノベ主人公の傍に居続ける
境遇から、名前から、性格までステレオタイプのサブキャラになりきろうとする小林一郎を語り部とした一人称で描かれるストーリー。
本当のサブキャラではない、サブ(時にはモブ)キャラを徹底的に志す男の「ここで主人公の親友ポジションならどう動くか?」という深い考察がみどころ。
本人は必死だけれど、それがひたすら笑えます。


●読んでみての感想

火乃森龍牙は異能力をもっていて、人知れず世界の脅威と戦っている。
秘密がバレそうな展開になっても、というか完全にバレる状況に立ち会っても主人公一郎は見てない事にする。
龍牙が突然「う、グッ…」と胸を抑えて謎の苦痛に抗っていても、本心ではとてもとても心配していても「ははは、何ふざけてんだよリューガ」と心を鬼にしてモブキャラらしい反応を返す。彼を心配するのはヒロインの仕事だからだ。
彼の廻りには勿論、ヒロイン候補たる一癖も二癖もある美少女達が集う。親友キャラにありがちな各ヒロインのスリーサイズのリサーチ&リークも怠らない。
一郎は何も知らない親友役として、一郎が属する”日常パート”で主人公龍牙にひとときの安らぎとエンタメを提供する事に徹する。

一郎のモブキャラとしての気苦労や「友人のプロ」としての葛藤に笑えました。あとどんでん返しにも

しかし読み進めていくうちに「優しさとは何か」を考えるようになりました。

見守ることが支えになるのか
それとも、介入することが支えになるのか。

どちらが正しいのか、を問われれば「どちらかを選んだ人が正しい」と私は思います。
そして主人公一郎は”選んだ男”です。
そう考えると、小林一郎の生き方はカッコイイと思えてきました。

実は私の中で最も印象に残ったのは冒頭部分です。幼稚園の先生に褒められた小林一郎少年のエピソードを読んで、ガッツ石松さんのスピーチを思い出しました。

この作品を読んだ私の心情としては、ガッツ石松さんのスピーチ会場にいた聴衆(主役級の有名俳優たちが勢揃いですが)に近い気持ちを抱けたのかな? と思いました。

元プロボクサーのガッツ石松さんが映画俳優としてスピルバーグ監督の映画に出演し
全米映画俳優協会でアジア人初の最優秀外国人俳優賞を受賞しました。
有名なエピソードだと思いますが、掲載させて頂きます。
(ご紹介しているサイトは多々ありますが、コチラから引用させていただきました。)

ガッツさんは、受賞式の前に極貧地区の孤児院とかジムを訪ねてボクシングの指導をしました。

自分の受賞に対するお礼の気持ちをこめてのことでした。

その少年たちには、麻薬の売人を兄貴がやっているとか、母親がアル中だとか、本人を悪くさせるのに十分な環境が整っていたのです。

そして、授賞式の挨拶でガッツさんは、そのことに触れるスピーチをしました。

ガッツさんは、英語を流暢に話すことはできません。

当然、カタカナで書かれたカンニングペーパーを見ながらの英語の挨拶でした。

ガッツ石松さんの、額に汗かきながら、しかも拙い英語に、最初のうち、会場は笑い声も起きていました。

しかし、ガッツさんの話が進むにつれ、だんだん会場は静まり帰ってきました。

これが、ガッツ石松さんのスピーチです。

「俺はとんでもなく貧乏なうまれで、本当に 彼らと全く変わらない育ちだった。

ただ一つ違うのは、母が俺を信じてくれたこと。

『お前は馬鹿だし、私も貧乏でなにもしてやれない。ただ、お前を信じてやることだけはできる』っていつも言ってくれていた。

母さんはもう死んでしまったが、母親が子供を信じてくれる・・・

母親でなくても誰かが信じてくれている、それだけで、子供は自分を信じて努力して行けるんだ。

だから、君たちが まけそうになったら、友達や家族を思い出してほしい。

そして友達や家族が負けそうに なっていたら、彼のことを信じて励ましていてほしい。

それだけで、何でも できるようになるんだ。そういうことを彼らに伝えてあげたかった」

当然カタカナで書かれたカンニングペーパーを見ながらの英語の挨拶です。

最初は笑い声も起こった会場がだんだん静まり返り、最後は観客全員立ち上がってのスタンディングオベイションとなったそうです。

……うん、かっこいい。本人はもちろんだけど、本人を信じ続けるお母さん……焦がれますね。
小林一郎さんの心持ちを推したのは幼稚園の先生ですね。…先生かっこいいですね。

そして親友を信じ、身の振りを選んだ主人公小林一郎。……うん、なんだかんだでカッコイイ。

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